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2006年7月 4日 (火)

ばぁちゃん

うちのバァチャンは、83歳、ジィチャンと一緒に詩吟に畑、家事と忙しい毎日でした。

山で育ったばぁちゃん、僕が子供のときにはよく山にワラビ取りや沢ガニ採りに連れていってくれました。
「最近の子供は足が弱くなった」とずんずん急斜面を登ってて子供心にすごいなぁって感心していたモンでした。

オヤジは夜遅く、オフクロは夜勤が多かったこともあり、小さい頃から母親代わりになってくれました。
僕が東京で一人暮らししてたときもトウモロコシができたといっては段ボール箱いっぱいに送ってくれたり、畑で取れた野菜やもらいもんのハム、たまには1万円なんかを忍ばせて送ってきてくれたこともありました。
昔話はいつも女学校時代の話とか、戦争中の話・・・
心配性で、ラグビーやってたとき、バイクに乗ってたとき、現在までずいぶん心配かけました。
口癖は「スピード出したらいかんよ、気ぃつけなよ」でした。

こっちに帰ってきてから年取ったなぁ・・・小さくなったなぁ・・・って思ってました。
けど、忙しい毎日で、朝とか挨拶はするけど、どっかに連れて行ってあげたり、ゆっくり話する機会がなかなか持てないままにあっという間に10年近く経ってしまいました。

5月の終わりに姉の子供達も一緒に久しぶりにみんなで一緒にご飯を食べました。

ばぁちゃんはあんまり食べなかったけど、みんな揃って楽しい夕食でした。


その翌日、入院。肝臓ガンでもう手遅れとのこと・・・

お見舞いに行くとやれメロンを食えだの羊羹があるだのいっぱいすすめてくれました。
そういいながら「あんたもちっとは痩せないかん」と僕の身体を気遣ってくれました。

有名なうな久のうな重を買っていってあげたら喜んでくれました。

だんだん、痩せてきて、体力が落ちていってるのがわかります。
食欲もなく、ちっとも食べないのですが、高カロリーの点滴でやっともってる状態でした。

一週間くらい前、新しいシャツを着てお見舞いにいったら「きれいなシャツ着とるなぁ」「そうやろ、よう似合う?」って話をして、それから子供のことなんかを話したように思います。

それが最後の会話でした。

それからは話しかけても少し目を開けるくらいで・・・

6月30日午前2時頃、病院の母から連絡があり、駆けつけました。
血圧が下がり、苦しそうに呼吸していました。

血圧が下がるにつれ、指の先、足がだんだん冷たくなってきました。
血圧が70を下回ると脳に血液が行かなくなり、意識がなくなるそうです。

姉と連絡が付かず、「ばぁちゃん、姉ちゃんがくるまで待っといて、死んだらいかんよ」って必死に声をかけて・・・

午前5時10分頃、やっと姉と連絡が取れ、今から病院に向かうとのこと。

脈が弱くなっていきます。手足も冷たく、水分調節ができないため、足やお腹に水がたまり、手のひらが鬱血しています。

よく、テレビドラマで人間が死ぬ間際に最後の言葉を残して死ぬ場面がありますが、あんなのと全然違います。見守る人と話もできないまま、だんだん手足に血液が行かなくなり、身体の末端から死んでいくのです。

血圧は30を下回り、午前5時30分頃、呼吸が一旦止まりました。
一瞬息が詰まりました。

沈黙の後、再び呼吸をはじめたばぁちゃん

そのとき姉が病室に着きました。「ばぁちゃん、遅くなってごめんよ」って姉の言葉を聞いたのでしょうか、姉を待っていたかのように午前5時38分、ばぁちゃんは息を引き取りました。


 

「孝行をしたいときには親は無し」といいます。じいちゃんばあちゃんも同じです。

もっとたくさん、いろんなところに連れて行ってあげれば良かった。
もっとたくさん、いろんな話をしておけば良かった。
もっとたくさん、いろんなことを教えてもらっておけば良かった。
今までお世話になりっぱなしでろくに恩返しもできませんでした。

たくさん心配かけてごめんなさい。

もっと、もっと、生きていてほしかった。

家の中のあちこちにばぁちゃんの姿があるような気がしてます。

畑の手入れをしてるばぁちゃんの姿があるような気がしてます。

もう一度会いたいです。ほんとに寂しいです。


 

ばぁちゃん、今までありがとう。合掌。




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コメント

ああ・・・・もらい泣きしました
コメント出来ません

投稿: ビワゴン | 2006年7月 5日 (水) 00時21分

ビワゴンさん>
ときおり、ふとしたことで思い出し、無性に悲しくなりますが、いつまでもくよくよせず、じいちゃん孝行して、前向きにいきたいと思います。コメントありがとうございました。

投稿: とんじん | 2006年7月 5日 (水) 12時18分

今朝は早くに電話して失礼しました。
余りに突然でびっくりしたもので・・・

昨日この記事を見てからコメントを書いては消しの繰り返しです。
何て言ったら良いのか判らなく変な文章になってると思います。ごめん。

大学2年で初めてロングツーリングに行った時も
とんじんさんが家にいない時に無理矢理何泊もお邪魔した時も
その後も幾度と無く押しかけていたのに、嬉しそうな顔をなされて、いつも食卓で歓待してもらいました。
昨年徳島に行った時に、余りお話が出来なかった事が悔やまれます。

ゆう君元気にやっとるん?
ゆう君も早よ結婚せなあかんよ。


自分は早くに祖父母を亡くしています。けど祖母と子供の頃、毎日海まで一緒に絵日記を書きに行った記憶が鮮明に残ってます。人の死はいずれ避けられない物でしょうが、記憶の中ではずっと生き続けるのだと思います。悲しみから立ち直る時が来たら、今度はおばあちゃんとの楽しい思い出を大事にして下さい。

この度は誠にご愁傷様でした。

投稿: uyotias | 2006年7月 6日 (木) 01時36分

uyotiasさん>
すぐに連絡できなくてごめん。
そういえば、俺のいない間にそんなこともあったね。
俺の代わりにuyotiasさんが帰ってきたといつも楽しそうに思い出しては、ちょくちょく食卓の話題になってましたよ。
また是非こちらに来てください。

投稿: とんじん | 2006年7月 6日 (木) 17時14分

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